―――資生堂で育児休業者支援サービス『wiwiw(うぃうぃ)』を立ち上げ、一躍有名人になった小室さんですが、1年目は地方支店で営業をしていたそうですね。
小室:東京生まれ、東京育ちですから、奈良支社と聞いたときは「えっ、鹿と大仏の、あの奈良?」とびっくりしました。カルチャーショックもありました。資生堂は生まれ育った地域と違う場所で、力を発揮できるか試す配属をするんですよ。厳しいでしょう(笑)
主な営業先は街の化粧品店でした。「シャッター商店街」になっている所も多く、年々売り上げが下がっている店ばかり。従来どおりの営業方法ではダメだと思い、独自の営業活動を展開しました。私が「若い人にもっと新規で来店して頂けるお店にしましょう」と提案しても、店主の答えは「奈良には若い子がいない」など、後ろ向きなものばかり。そこで「イタリアンレストラン化計画」という提案書を作りました(笑) ―――これはどういう内容ですか?
小室:こんな風に店主に切り出しました。「先日、素敵なイタリアンレストランで7000円のディナーを食べたんですよ。というのも、ランチが1000円だったので、気軽に食べてみたら、ものすごくおいしかったからです。そもそもランチを食べたきっかけは、店前に出してあった黒板だったんですよ。毎日書き換えてあって、店前を通りながらいつも気になってました。内容を読んでいるうちに、日替わりランチのメニューや、オーナーのひとことコメントに惹かれてお店に踏み込んだんです」
こうしたエピソードを話した後、店主に「高級化粧品を買って頂けるVIP顧客を増やしたいですよね。でもそれはいきなり『ディナーをどうぞ』と言っているようなもの。まずはランチをおいしく召し上がって頂くことが大切だし、そのためのきっかけづくりがお店の入り口ですよね。さあ、このお店はどうでしょうか? 若い人が踏み込む入り口になっていますか?」と問題提起しました。 こうした提案から店舗を改装し、店前をイタリアンレストランのような雰囲気にして、売上げが3倍になった店もありました。一度店内に踏み込んでもらえれば、ベテラン店主の親切な対応やメイク・エステ技術が評価され、リピーターになる若いお客様も少なくなかったんです。 ―――路面店の売り上げが3倍になるというのは驚異的です。とはいえ、提案を受け入れてもらうのは、かなり大変なことだったでしょう。
小室:改装費用には数百万円かかりますし、店主の多くは50代、60代です。最初はもちろん苦戦しました。改装してください、お願いします、という「お願い営業」をしてしまうと、なかなか聞き入れてもらえませんし、精神的にもつらくなってきます。しかし、プレゼンテーションの極意でもある、「ウィン・ウィン営業」ができるようになって、面白いように提案を聞き入れてもらえるようになりました。
―――ぜひその極意を教えてください(笑)
小室:まずは時間をかけて「夢」を語り合います。売上げが右肩上がりだった頃の話などを聞いて「そんなに素晴らしい売上げのあったお店が、現在の状態ではもったいないですね。その頃のような活気あるお店にしましょうよ! そのためには、こんなことをするといいと思いませんか?」と共通の目標を設定します。そのうえで、改装や売り方の改革、新商品の仕入れなどを提案します。こうして「お店の売り上げがアップする=私の商品を仕入れて頂ける」というお互いの「ウィン・ウィン関係」を意識することで、楽しみながら営業成績を上げることができたのです。
提案の際には、持論の「もったいない理論」で説得しました。これは「こんなに素晴らしいのに、ここがちょっと“もったいない”ですね。もっとこうしましょう」と持ち上げながら提案する話法です。この話法だと、耳の痛いような提案もすんなり聞いていただけるんですよ。 ―――そして2年目、『wiwiw』を社内ビジネスモデルコンテストで提案しました。103件の応募の中から選ばれた勝因は?
小室:特に力を入れたのは事前リサーチでした。『wiwiw』は、育児休業者がスムーズに職場復帰するためのサポートシステムなのですが、当時の私は結婚もしていなければ子供もいない。育児休業の話をしても説得力が足りないと考え、土日を使って100人以上の育児休業経験者を訪ね、徹底的にヒアリングしました。「生の声」を企画に反映したことで説得力が増し、厳しい反論をされても根拠を示しながら回答できました。
また、プレゼンテーションで勝ち抜いて行く形式だったので、プレゼンテーション方法にも気を配りました。事前に約30人の知人にプレゼンを聞いてもらい、分かりにくい箇所を修正しました。また、内容が斬新なため、逆に服装やプレゼン資料は凝りすぎず常識的に見えるよう心がけました。奇抜な外見は相手の心に「壁」を作ってしまい、斬新な提案を受け入れにくくしてしまうからです。「斬新な内容ほど、常識的にプレゼンする」ことをお勧めしたいですね。 ―――導入企業が100社を超えるなど『wiwiw』の立ち上げは順調でした。どうして転職なさったのでしょう?
小室:私の夢は「男性も女性も、ワークライフバランスの取れる日本社会にする」というものなのですが、そのための1歩を踏み出しました。『wiwiw』では、女性の育児休業者にターゲットを絞って展開してきましたが、今後は女性だけではなく、男性も育児休業を取るようになってきて、新たなサービスが必要とされています。
また、介護休業やうつ病などで休業されている人の社会復帰を促すサービスなど、企業のワークライフバランスのトータルコンサルティングが求められていると感じ、株式会社ワーク・ライフバランスを創業しました。「armo(アルモ)」というシステムを開発したのですが、壮大な社会変革を目標としているだけに、すぐに儲かるビジネスではありません。しばらくは赤字覚悟ですね(笑) しかし、この4月に長男を出産して、育児と仕事を必死で両立しながら痛感したのは「こんなに貴重な時間を使って仕事するのだから、やりたいことから順に、自分に正直に仕事をするべきだ」ということなんです。赤ちゃんは本当に可愛くて、24時間ずっと眺めていたいと思ってしまうこともあります。それよりも優先する仕事って何だろう、と考えたらおのずとワークライフバランス支援の仕事に絞られました。 ―――キャリアアップを目指す読者に、ひと言アドバイスをお願いします。
小室:自分の中での位置付けが明確であれば、転職も有効ではないでしょうか。私が資生堂を辞めたのは、自分が目指すビジョンの実現のため。いつも私は「心に“北極星”を持ちましょう」とアドバイスしています。自分の枠を小さくこの程度と決めてしまわず、大きな夢=「北極星」を見失わないように掲げ、そこにたどりつくには今何をするべきか、と考えキャリアを選択すべきです。その転職が北極星に向かって1歩でも近づいているなら、チャレンジしてみていいのではないでしょうか?
プロフィール
1975年東京都生まれ。日本女子大学卒業後、資生堂に入社。入社2年目、社内ビジネスモデルコンテストで育児休業者支援サービス『wiwiw(うぃうぃ)』を提案、103件の応募の中から見事選ばれる。この成功によってマスコミなどから注目を集め、日経ウーマン誌の『ウーマン・オブ・ザ・イヤー2004 キャリアクリエイト部門』を受賞。06年7月株式会社ワーク・ライフバランス設立、代表取締役社長就任。
<会社概要>
株式会社ワーク・ライフバランスは、事業所内託児所を設置したい企業のお手伝いなど、社員がワーク・ライフバランスを取れる企業に変化するための総合コンサルティングを提供している。「armo(アルモ)」という新システムを開発し、男性・女性の育児休業者や介護休業者、うつ病などによる休業者が、職場にスムーズに復帰できるようサポートする。
バックナンバー
vol.33 高橋健志氏 (株式会社ベアーズ)
vol.32 宇佐神慎氏 (株式会社翔栄クリエイト) vol.31 宮崎陽子氏 (株式会社ギャレリアコレクション) vol.30 吉原直樹氏 (株式会社アルテ サロン ホールディングス) vol.29 小松武司氏 (株式会社サティスファクトリーインターナショナル) vol.28 本庄恵子氏 (株式会社ヒューマンビークル) vol.27 梅澤英行氏 (株式会社ティー・ユー・ビーアソシエイツ) vol.26 永井好明氏 (アールプロジェクト株式会社) vol.25 車田直昭氏 (ドットコモディティ株式会社) vol.24 岩本眞二氏 (スタイライフ株式会社) vol.23 兼元謙任氏 (株式会社オウケイウェイヴ) vol.22 小室淑恵氏 (株式会社ワーク・ライフバランス) vol.21 渡邉哲男氏 (比較.com株式会社) vol.20 吉田英治氏 (株式会社フレッシュテック) vol.19 松田憲幸氏 (ソースネクスト株式会社) vol.18 加藤義博氏 (株式会社アイケイコーポレーション)
vol.17 森正文氏 (株式会社一休)
vol.16 橋本雅治氏 (株式会社イデアインターナショナル) vol.15 田口弘氏 (株式会社エムアウト) vol.14 小方功氏 (株式会社ラクーン) vol.13 西野伸一郎氏 (株式会社富士山マガジンサービス) vol.12 安田佳生氏 (株式会社ワイキューブ) vol.11 森下篤史氏 (株式会社テンポスバスターズ) vol.10 遠山正道氏 (株式会社スマイルズ) vol.09 宋文洲氏 (ソフトブレーン株式会社) vol.08 高橋透氏 (株式会社ラストリゾート) vol.07 南場智子氏 (株式会社ディー・エヌ・エー) vol.06 出張勝也氏 (株式会社オデッセイコミュニケーションズ) vol.04 経沢香保子氏 (株式会社トレンダーズ) vol.03 菊川暁氏 (株式会社ガーラ) vol.02 松田公太氏 (フードエックス・グローブ株式会社) vol.01 穐田誉輝氏 (株式会社カカクコム) |