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第25回:【人生の曲がり角で息をするあなたへ】
こんな瞬間はないだろうか。
ふと、
過去の自分がよく聞いていた曲が流れる。
コンビニで。
ipodで。
通りすがりの誰かの鼻歌で。
そして、その曲の歌詞が、
言葉が、あの時と全く違う色に感じる。
全く違う情景が見える。
そんな瞬間、
慌ててその感情を表現しようと、
手を伸ばし、頭を回し、心を転がそうとする。
100%の内、10%ぐらいだろうか。
なんとか焦りの先で手に取った感情は、
「生きてきた日々が生きている日々」
だということを伝え、
「生きている意味は生きている日々」
だということを再確認させる。
もう一度改めて、頭の中で復唱する。
「生きている意味は生きている日々だ」
前のめりになって、過去に向かう意識の中、
濁流する無意識を引き連れ、
何かを回想しようとする。
愛した人たち。
死んでいった友人。
不公平な涙。
風に任せたあの選択。
交差点がいくつもある人生は「待ったなし」で進む。
誰かの特別になったり、
組織の特別を外れたり、
何かをあきらめたり、
あきらめることをあきらめたり。
あの茶色い思い出は、
光だろうか。影だろうか。
ふと過去から未来を思う。
僕はやっぱり日本人だから、
この雇用の厳しさや、不景気といわれるこの空気は、
誰かのせいにしたり、ほかの何かのせいにしたりはできない。
いや、これは唐突な話ではない。
あなたの話は、日本の話だ。
何かのせいにしたくても、
吸っている空気はこの日本の空気だ。
確かなことは多くない。
【今の苦しみは、光多き未来のためだ。】
「誰か」がそんなことを「誰か」のために言う。
「日本」が「国民」のために言う。
そんなところに石を投げてみたくなる。
ねぇ、まず、自分のために言ってみないか。
あなたの生きている一瞬に、こんな瞬間はないだろうか。
ふと、
過去の自分が頻繁に発していた言葉が頭をよぎる。
誰かの結婚式で。
山手線の隣の席で。
通りすがりの誰かの鼻歌で。
そして、その言葉が全く違う色に感じる。
全く違う情景が、自分の目の前に現れる。
そんな瞬間、
慌ててその感情を表現しようと、
手を伸ばし、頭を回し、心を転がそうとする。
100%の内、10%ぐらいだろうか。
息苦しい日々の先で手に取った感情は、
「生きてきた日々が生きている日々」
だということを伝え、
「生きている意味は生きている日々」
だということを再確認させる。
だから、
そんな瞬間を真正面から受け止め、
その小さな「はてな」を必死で追い込んで、
自分のために、未来を思ってみないか。
46億年目の知能で、
わずかながら現実を越える理想を掲げ、
情熱の強度を試し続ける。
今日もそんなみなさんの1日が輝くことを祈りながら。
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幸や不幸はもういい。
どちらにもひとしく価値がある。
人生にはあきらかに意味がある。
〜〜「自虐の詩」より 著:業田良家〜〜