今回から8回にわたり、皆さんの自問自答を進めるための自己分析についてお話したいと思います。その第1回は「欲求」についてです。
人は誰でも何らかの欲求を持っています。ただし、それを明確に自覚しているかどうかは別問題です。そして欲求を明確に自覚している人のほうが、自分が何のために何をするのかという、自分の行動を自己理解しやすいということが言えるでしょう。
人間の欲求についてはさまざまな研究がされてきました。その中の1つがマズローの欲求段階説です。これは人間の欲求を下位欲求から順に生理的欲求(生命維持の欲求)、安全・安定欲求(安定した社会生活を送りたいという欲求)、社会的欲求(快適な人間集団の中で生きて行きたいという欲求)、自尊欲求(人間関係の中で認められたいという欲求)、自己実現欲求(自分の可能性をフルに発揮したいという欲求)の5段階に分類し、下位の欲求が満たされることにより順次、次の上位欲求が明確に意識されるようになるという理論です。
失業中の人は安全・安定欲求を満たしたいと考えるのではないでしょうか。また就職している人はまず社会的欲求、次いで自尊欲求が意識されるのではないでしょうか。そして、誰でも最後は自己実現欲求を自覚し、自分は何を最もやりたいのかということを考えるようになるのではないでしょうか。
また他の研究者は「遊技欲求:楽しさ、面白さを求める欲求」や「持続欲求:一度やりかけた仕事は最後までやり通したいと思う欲求」など、人間の欲求を28に分類し、それぞれに対する1人ひとりの欲求の強さを測定しようとしています。同様に「自己顕示欲求:常に話題の中心にいたい、周囲から注目を浴びる存在でありたいという欲求」や「競争欲求:他の人と競争しながら、他の人に勝ちたい、他の人よりうまくやりたいという欲求」など、主として集団の中での人間の欲求を10に分類している研究者もいます。
また筆者が10代から20代の学生、社会人を対象に行った欲求調査では「達成欲求:ものごとをやり遂げたいという欲求」「集団欲求:何らかの集団に帰属していたいという欲求」「支配欲求:リーダーとなって統制したいという欲求」「自律欲求:他人に干渉されたくない、自由でありたい、自分の思い通りにしたいという欲求」「承認欲求:他者から認められたいという欲求」が上位を占めました。
このように、欲求というのは人の数ほどあるわけで、数え上げたらキリがありません。逆に言えば、自分で自覚しない限り、自分の欲求を明確にすることはできないのです。しかも人間は欲求を満たしたいという願望がありますから、当然、人間の行動に対する影響力は強いものがあります。
つまり自分の行動を的確に方向づけるためにも、自分の欲求を明確に自覚することが必要なのです。
それでは欲求を自覚することとキャリアをデザインすることはどのように関係しているのでしょうか。それはキャリアデザインの中核となる「キャリアビジョン」を描くために欲求の自覚が不可欠だからです。先に「遡り発想」のところで述べましたが、将来のビジョンの実現から思考をスタートさせるためには、まずビジョンを設定することが先決で、その手掛かりは自分の内面にしか求められないからです。そして、人間の内面的な願望の中核には欲求があるのです。
「将来ああしたい、こうなりたい」の「たい」は欲求から生み出されるものです。そして将来の欲求は現在の欲求から派生的に生み出されるのです。だから将来のことを考えるにしても、現在の欲求を自覚することに意味があるのです。
自分の欲求を自己分析するには、現在の自分の中の「あれがしたい」「これが欲しい」という気持ちに関連したキーワードを思いつくままに書き出し(できたら小さなカードを使うと良いでしょう)、それをまず似たものどうしでまとめるのです。次にそれらを時間軸で並べなおし、「今現在の欲求(この欲求は今だけ)」から「将来にも続く欲求(この欲求はしばらく追求したい)」という流れの中で整理するのです。この過程で、自分の欲求の強弱等も確認すると良いでしょう。