―――飲食業界は未経験だったそうですが、なぜ“お茶漬け屋”を立ち上げたのですか?
梅澤:もともと独立を考えていたのですが、きっかけは、お酒を飲んだ後のラーメンより、胃に優しくヘルシーなお茶漬けのほうがいいなと思ったこと。当時はお茶漬けメインの飲食チェーンは存在せず、「プチリッチ」を楽しみたいという同年代に、料亭のような高級なお茶漬けを出せば受けると考えました。
―――1号店は地代の高い銀座に出店しました。プレッシャーや恐さを感じませんでしたか?
梅澤:会社設立から1号店オープンまで約半年間は、メニュー開発など開店準備に追われ、恐さは感じませんでした。ところが、いざオープンしたとたん恐くなりました。僕たちはアルバイトでも接客経験がなく、店舗運営のノウハウもまったくありません。開店当初は「仕込み」すらやっておらず、注文から出すまで40分かかったことも―――。ランチにお客が10人も来ると、パニックになってました(笑)。
そんな僕たちを支援してくれたのが、来店客だった銀座のママや経営者でした。きっと心配で仕方がなかったんでしょう。「お茶漬け屋なんだから別に狭くてもいいのよ」と、接客のノウハウを教えてくれました。僕たちが変なプライドのない素人集団だったから、素直にアドバイスを受け入れられたのかもしれません。
―――店舗のスタッフはどうやってまとめましたか?
梅澤:開店当初はアルバイトの女の子のほうが、僕たちより包丁さばきなどがうまく、僕が失敗すると「社長、何やってるんですか!」という具合でした(笑)。家族やサークルの仲間のように接し、大学1年から卒業まで働いてくれたスタッフも少なくありません。現場と同じ視線を保つことが大切だと考えているので、週4回以上は現場に入り、店を手伝うようにしています。
―――センスのいいお店を次々とオープンしている梅澤社長ですが、以前はお堅いイメージのある銀行員だったそうですね。どうして就職先に銀行を選んだのですか?
梅澤:起業するには計数感覚が不可欠です。給料をもらいながら、それが身に付くのが銀行だと思いました。確かに商社や広告代理店なども自分の性格に合っていたかもしれません。しかし、これまで会ったことのないタイプの人間と仕事をして、自分がどんな風に成長するか興味があったんです。
―――銀行には4年間在籍したそうですが、変化はありましたか?
梅澤:几帳面な性格になるなど、効果は大きかったと思います。融資担当として約100社の経営者と会い、客観的に相手の先見性や業界内ポジション、資金力などを分析する目も養われました。逆に、自分の力が通用すると思える部分もありました。どんな仕事も結局は人と人とのコミュニケーション。タイプが異なる人だと思っても、きちんと接していれば、必ず受け入れてもらえる。銀行という堅い組織で、自分のコミュニケーション力が通用した経験は、自信につながりました。
そのおかげもあって仕事は順調でした。なかなか融資が認められない時期でしたが、日頃から取引先を何度も訪ね、あらかじめ優先順位を付けておき、会議の場でも随時報告。上司が書類を手にする前に十分なお膳立てをしておき、比較的スムーズに決裁を取り、融資することができました。一見地味でも「相手が機嫌のいいときに話す」といった細かな積み重ねが、コミュニケーションの本質ではないでしょうか。 ―――最初の1年間は窓口担当だったそうですが、仕事がつまらないと思ったことはありませんか?
梅澤:銀行以外でもそうかもしれませんが、やっている仕事そのものは、つまらないことが多いんです。現金を数えるとか、上司に命じられ作業をするとか―――。特に僕が入行したのは不良債権回収など、あまり前向きな仕事ができない時期で、資金を貸すのが仕事なのに、貸せないこともありました。
それでもつまらない仕事に文句を言わず、真面目に仕事を続ける人はすごいと思います。やはりつまらない仕事も、やらなくてはなりません。銀行で基本的に仕事はつまらないものだということを経験していたので、自分の中にそれが当たり前だと思う“心の筋肉”ができました。 入行2年目、僕は宝くじ販売キャンペーンの責任者をやらされました。毎朝朝礼で販売状況の進捗確認をする“汚れ役”なんですが、僕はわざとヘルメットを被って、「宝くじ販売委員会からお知らせです」、「○○課長、目標達成できなかったら、このヘルメット被ってもらいますよ」などと言って、明るく楽しくキャンペーンを盛り上げました。この仕事も普通に厳しくやってしまったら、職場がギスギスした雰囲気になったかもしれませんが、ちょっと視点を変えるだけで、つまらない仕事の中にも、少し面白いことが見えてくる、ということを学びました。 ―――最後に、ご自身の転職経験などを踏まえ、読者へのアドバイスをお願いします。
梅澤:先ほども言いましたが、仕事はつまらないものなので、まず我慢することが大切です。上司の何気ない指示の中にも、重要な意味が秘められていたりするので、焦って転職するのだけは避けた方がいいですよ。
転職する場合であっても辞め方が大切です。『立つ鳥跡を濁さず』。お世話になった人へのご挨拶など、必ず筋は通しておくべき。それが相手をリスペクトすることにもなるんです。仕事を途中で放り投げて辞めると、「あいつは逃げた」ということになり、これまで築き上げてきた人間関係を壊し、せっかくの味方を減らしてしまうことになる。せっかくならば「味方を増やす転職」をしてほしいですね。 プロフィール
1972年東京都生まれ。1996年早稲田大学教育学部卒業。同年第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。2000年ブランド構築を支援するベンチャー企業レゾナンスに入社。2001年4月ティー・ユー・ビーアソシエイツ設立。同年9月東京・銀座に第1号店「八十八楽 本店」をオープン。
<会社概要>
お茶漬け店『八十八楽(こめらく)』、お茶漬けダイニング『茶らく』など、10店舗以上を展開する飲食チェーン。ローカロリーでヘルシーなお茶漬けが、都心部のビジネスパーソンなどに支持されている。
お茶漬けや甘味、お茶などが楽しめる『茶らく』のメニュー。豊富なサイドメニューやドリンクを取り揃えている。
『茶らく』東京駅キッチンストリート店。各店舗とも落ち着きと高級感を備えた店構えになっている。
バックナンバー
vol.33 高橋健志氏 (株式会社ベアーズ)
vol.32 宇佐神慎氏 (株式会社翔栄クリエイト) vol.31 宮崎陽子氏 (株式会社ギャレリアコレクション) vol.30 吉原直樹氏 (株式会社アルテ サロン ホールディングス) vol.29 小松武司氏 (株式会社サティスファクトリーインターナショナル) vol.28 本庄恵子氏 (株式会社ヒューマンビークル) vol.27 梅澤英行氏 (株式会社ティー・ユー・ビーアソシエイツ) vol.26 永井好明氏 (アールプロジェクト株式会社) vol.25 車田直昭氏 (ドットコモディティ株式会社) vol.24 岩本眞二氏 (スタイライフ株式会社) vol.23 兼元謙任氏 (株式会社オウケイウェイヴ) vol.22 小室淑恵氏 (株式会社ワーク・ライフバランス) vol.21 渡邉哲男氏 (比較.com株式会社) vol.20 吉田英治氏 (株式会社フレッシュテック) vol.19 松田憲幸氏 (ソースネクスト株式会社) vol.18 加藤義博氏 (株式会社アイケイコーポレーション)
vol.17 森正文氏 (株式会社一休)
vol.16 橋本雅治氏 (株式会社イデアインターナショナル) vol.15 田口弘氏 (株式会社エムアウト) vol.14 小方功氏 (株式会社ラクーン) vol.13 西野伸一郎氏 (株式会社富士山マガジンサービス) vol.12 安田佳生氏 (株式会社ワイキューブ) vol.11 森下篤史氏 (株式会社テンポスバスターズ) vol.10 遠山正道氏 (株式会社スマイルズ) vol.09 宋文洲氏 (ソフトブレーン株式会社) vol.08 高橋透氏 (株式会社ラストリゾート) vol.07 南場智子氏 (株式会社ディー・エヌ・エー) vol.06 出張勝也氏 (株式会社オデッセイコミュニケーションズ) vol.04 経沢香保子氏 (株式会社トレンダーズ) vol.03 菊川暁氏 (株式会社ガーラ) vol.02 松田公太氏 (フードエックス・グローブ株式会社) vol.01 穐田誉輝氏 (株式会社カカクコム) |