―――車田社長は、官僚出身という珍しいキャリアを持つ起業家ですが、そもそもなぜ中央官庁で働こうと考えたのでしょうか?
車田:最初に公務員を志望したのは中学2年生のときでした。人生を振り返ったときに心から満足できる仕事がしたいと思い、公(おおやけ)のために仕事をする中央官庁で働きたいと考えました。その後情報を集めてゆく中で当時の通産省は、担当分野の範囲が広く、人事ローテーションも柔軟で、さまざまな仕事が経験できること。ほかの官庁に比べ許認可の数が少なく、権限より個人の知恵と実力で勝負できると思い志望しました。
―――実際に入省した感想は? 新人時代のエピソードを教えてください。
車田:期待していた通り、自分で考えた新しい企画が歓迎してもらえる職場でした。2年目のことでしたが、私が課長に相談を持ちかけると、逆に「君はどう思うんだ?」と切り返されました。そのとき課長がいいたかったのは、「上司に判断を仰ぐときは、自分で結論を出してから持ってこい」ということ。それから自分の頭で考える習慣が身に付きましたね。
その後初めて自分から企画を提案しました。当時、世界的にプラスチック原料が供給過剰になりつつあり、私はそれを畑の保温と保水に役立つ「農業用ポリフィルム」に活用し、中国の農場で使ってもらうというプランをまとめました。プラスチック原料の需要拡大とアジア全体の農業生産向上という一挙両得を狙ったこの企画で、企画立案から予算要求、そして実行までを一貫して担当し、プロジェクトを成功させる喜びや楽しさを味わいました。 ―――中央官庁時代、最も印象に残っている案件は?
車田:現在の仕事にもつながる商品取引の法改正ですね。まず、株式取引の手数料自由化に先駆けて、オンライン商品取引の手数料自由化を実現させました。これで当時1枚(商品取引の単位)5000円以上していた手数料が、今では300円から500円ぐらいまで下がっています。これは誰かからやるべきと指示されたのではなく、私が投資家と業界にとってプラスになると判断して動いたものです。通常、企業が役所を訪ねることはあっても、役所の人が企業を訪ねるケースはほとんどありませんが、このときは個別に企業を訪問し説得にあたりました。
また、「雑所得」扱いだった商品取引の売買益は、「分離課税」方式の株式投資に比べ、高い税率が適用される傾向があったので、所得税を株式と同じ水準に改めるよう働きかけました。しかし官庁では、税制、特に所得税を変えるのは極めて難しいこととされ、無理だという声が大勢を占めていました。 それでも私は多くの国会議員にアポを入れ、何度も議員会館に足を運んで1人ひとり説得しました。私が「税制が投資家の投資意欲を弱めるのはおかしい」、「株式が企業の資金調達インフラならば、商品取引は企業の資材調達インフラである」と主張すると、議員の先生方からも「確かにそれはおかしい」という反応があり、ついに「税制のバイブル」といわれる答申で商品取引が検討課題とされました。省内の誰も実現できると思ってなかっただけに、その答申を見たときにはとても嬉しかったですね。 ―――その後商品取引の担当を離れ、数年後に起業なさっていますが、どうして起業しようと思ったのですか?
車田:商品取引のオンライン化に心血を注いだという思いが強かったので、担当を離れてからもずっと業界の動きを見守っていました。ところが期待していたほどオンライン取引は伸びず、業界イメージも強引な勧誘といった悪いイメージを引きずったままでした。そこで自らがオンライン化をリードし、業界を変えようと思い起業を決断しました。それから識者を交えてビジネスプランを練り、楽天や松井証券などから出資を得て当社を設立しました。
―――会社の立ち上げを経験して、官庁とのギャップを感じませんでしたか?
車田:官庁から民間へ移ったことより、大組織から小組織に移ったことのほうが大きかったかもしれません。大企業も官庁も、課長ならば局長に、重要案件は次官や大臣に相談します。そのとき相談するだけではなく、上司は最終的な責任を取ってくれます。ところが小組織の場合は、自分で責任を取るケースが多いんです。また人数が少ない分、限られた人員で多くの仕事をするため、1つひとつの案件の細部まで詰める時間がありません。6割OKだと判断したらすぐ動かねばなりません。
会社設立以来、システム開発など未経験の仕事ばかりですが、そこには前職の経験が生かされました。官庁は人事ローテーションが頻繁に行われますが、「官僚は3カ月もすると一人前の顔をする」とよくいわれます。未知の分野に異動しても、部署のスタッフや担当分野に詳しいキーマンから「芋づる式」に情報を集め、すぐに現場で判断をしていた経験が役立っています。 ―――会社設立から約2年が経ち、口座数も順調に伸びているようですが、転職や起業など新しいことにチャレンジしようとする読者に、何かアドバイスをお願いできませんか?
車田:目先の環境や感情に捉われず、少なくとも10年、できれば一生を振り返って、後悔しないであろう選択をしてほしい。私も官庁時代は仕事が忙しく、ゆっくり物事を考える時間などありませんでした。しかし、電車の中やちょっとした空き時間に、何度も自問自答を繰り返し、最後に起業するという結論を導き出しました。興味のある分野に詳しい人や自分をよく知る人に相談すると、直接的な答えは出ないにしても有益なヒントが得られるでしょう。
最後に今後何をするにしても、今のうちになるべく多くの技能を習得しておくべきです。私は英語がそれほど得意ではありませんでしたが、自主的に英語研修などに参加して、仕事で使えるようにしました。また、仕事で会計を勉強する必要があったときには、自分で本を購入して勉強していました。ちょっと手を延ばせばできることは、やっておいたほうがいいですよ。 プロフィール
1960年神奈川県生まれ。1983年3月東京大学法学部卒業、同年4月通商産業省(現経済産業省)入省。産業政策局商務流通グループ商務室長、中小企業庁調査室長などを経て2004年8月退職。2005年1月ドットコモディティ株式会社設立、取締役副社長就任。2006年8月同社代表取締役社長就任。
<会社概要>
オンライン専業の商品取引会社として、楽天と松井証券の出資で2005年1月に設立され、同年5月から営業開始。モットーに「Simple&Speedy」を掲げる。
ドットコモディティホームページ 口座開設もすべてオンラインで完結させ、紙の契約書を作成すると必要になる印紙代がかからない。ルールを熟知する車田社長ならではのサービスだ。
トレードツール『.como(ドットコモ)』 パソコンに専用ソフトをダウンロードして使うリッチクライアント型ツール。ウェブ画面で取引指示するタイプに比べ、大幅にトレーディングのレスポンスを向上させた。
バックナンバー
vol.33 高橋健志氏 (株式会社ベアーズ)
vol.32 宇佐神慎氏 (株式会社翔栄クリエイト) vol.31 宮崎陽子氏 (株式会社ギャレリアコレクション) vol.30 吉原直樹氏 (株式会社アルテ サロン ホールディングス) vol.29 小松武司氏 (株式会社サティスファクトリーインターナショナル) vol.28 本庄恵子氏 (株式会社ヒューマンビークル) vol.27 梅澤英行氏 (株式会社ティー・ユー・ビーアソシエイツ) vol.26 永井好明氏 (アールプロジェクト株式会社) vol.25 車田直昭氏 (ドットコモディティ株式会社) vol.24 岩本眞二氏 (スタイライフ株式会社) vol.23 兼元謙任氏 (株式会社オウケイウェイヴ) vol.22 小室淑恵氏 (株式会社ワーク・ライフバランス) vol.21 渡邉哲男氏 (比較.com株式会社) vol.20 吉田英治氏 (株式会社フレッシュテック) vol.19 松田憲幸氏 (ソースネクスト株式会社) vol.18 加藤義博氏 (株式会社アイケイコーポレーション)
vol.17 森正文氏 (株式会社一休)
vol.16 橋本雅治氏 (株式会社イデアインターナショナル) vol.15 田口弘氏 (株式会社エムアウト) vol.14 小方功氏 (株式会社ラクーン) vol.13 西野伸一郎氏 (株式会社富士山マガジンサービス) vol.12 安田佳生氏 (株式会社ワイキューブ) vol.11 森下篤史氏 (株式会社テンポスバスターズ) vol.10 遠山正道氏 (株式会社スマイルズ) vol.09 宋文洲氏 (ソフトブレーン株式会社) vol.08 高橋透氏 (株式会社ラストリゾート) vol.07 南場智子氏 (株式会社ディー・エヌ・エー) vol.06 出張勝也氏 (株式会社オデッセイコミュニケーションズ) vol.04 経沢香保子氏 (株式会社トレンダーズ) vol.03 菊川暁氏 (株式会社ガーラ) vol.02 松田公太氏 (フードエックス・グローブ株式会社) vol.01 穐田誉輝氏 (株式会社カカクコム) |