―――美容業界に入ったきっかけを教えてください。
吉原:新卒で入社した会社が業務用椅子などのメーカーで、たまたま美容室業界の営業にまわされたんです。これも運命だったんでしょう。もちろんそれまで一度も美容室に足を踏み入れたことはありません。学生時代は体育会のパワーリフティングクラブで、ほとんどスポーツ刈りに近い状態でしたから、最初は美容室を訪ねるのも恥ずかしかったですね。
―――仕事は順調でしたか?
吉原:最初は伸び悩んでいました。当時の美容室には洗練されたチェーン店などなく、ほとんどが個人経営のパパママ美容室。個人相手の泥臭い営業が必要でした。ところが大学卒業したての私は理屈っぽく、商品説明については完璧に理論武装していたのですが、お客さんにとっては商品はどれも一緒で、営業担当者が長く付き合える人であることのほうが重視されていました。美容室の椅子は一度購入すると10年ぐらい使い続けます。お客さんは納品後も業界全体の動きや、美容室経営のアドバイスを求めていたのです。当時の私はこれをまったく理解していませんでした。
しかも私はアルコールが飲めず、ビールをグラスで半分飲むだけで、真っ赤になっていたほどです。お客さんと夕食をご一緒しても、終わったら早く帰りたいと思っていました。夜遅くまで飲みに行くなんて、私にしてみれば無駄な時間でしかなかったのです。ところがお客さんにとっては、それからが本格的に飲もうという時間。これではいい人間関係なんて築けないんです。
―――そこにどうやって気づいたのですか?
吉原:入社3カ月目に、上司から「その性格を変えないと、いい営業にはなれないぞ」と言われたんです。ショックでした。仕事はほかの人よりやっているつもりで、自分は会社のエリートだと自負していましたから(笑)。上司が何を言っているのか、さっぱり理解できませんでした。
ところが1年ぐらい仕事をすると、さまざまなトラブルに遭遇します。そのとき身にしみて思い知らされたのが、「自分だけでは何も解決できない」という現実。それまでは「自分が売っている」と思い込んでいたのですが、代理店の営業担当者や社長が、私をかばってくれたのです。そこで私は「本当はこの人たちが売ってくれていたんだ!」と気づきます。それから考え方が変わりました。苦手な酒の席も拒まず、朝の3時、4時まで付き合いました。飲むたびに何度も吐き、苦しい思いもしましたが、黙っていても売れるようになり、数年で全国のトップセールスになれました。 ―――それからすぐ転職しています。どうして転職したのですか?
吉原:もともと海外で働くのが夢だったのですが、海外駐在員を選ぶ試験に落ちてしまったんです。会社を辞めようと思っていたときに、取引先の美容室チェーンから店舗開発をやらないかと誘われました。店舗物件を探し、設備を入れて店舗をオープンする店舗開発は、これまでも数多く経験していたことでした。簡単な仕事だと考えていたのですが、オープンした後の店舗運営は、まったくの未経験だったのです。
客単価の安いチェーン店だったので、上品な美容師は集らず、多くは20歳前後のヤンキーのような連中でした。突然、店の中で殴り合いを始めたり、ミーティングもケンカになってしまう。まるで「スクールウォーズ」のような状態でした(笑)。どうやって彼らを束ねるか悩みましたが、私には彼らを納得させる美容師としての技術がありません。結局、人間的な付き合いをしながら“更生”することにします。一緒に食事に行ったり、彼らの悩みを聞き、徐々に仲間になっていったんです。
ところが彼らは安い仕事ばかりしていたので、技術者としてのプライドに欠けていました。そこで私はコンテストへの出場を提案します。最初は参加を渋っていたのですが、コンテストには勝ちパターンがあり、優勝するための理論と練習を踏めば結果は出ると説得。最も重要なのは、腕のいい技術者から学ぶことなので、前職の人脈をフル活用して、一流の技術を学ばせました。そしてもう1つ重要な要素がモデルです。「丸坊主にされても構わない」という気合いの入ったモデルをスカウト。とにかく勝ちにこだわりました。その結果1人がコンテストで優勝したんです。思えば3流高校の生徒を東大に合格させる、「ドラゴン桜」のようなことをしていました(笑)。 お陰で「お前たちのことを本気で考えている」という気持ちは伝わり、彼らはすさまじいパワーを発揮してくれました。おそらく当時の売り上げは、業界でも群を抜いていたでしょう。「誰でも磨けば光る」という信念は、独立するときの自信にもつながりました。 ―――美容師の資格を取ったのは、独立した後だったそうですね。
吉原:「技術もないのに偉そうなことを言うな!」と言われていたので、「俺も美容師になる」と宣言して、27歳で店で見習いを始めていたんです。やはりこの世界は、自分に技術がなければ、美容師を指導できません。それから28歳で通信教育を受け始め、31歳で美容師の免許を取りました。試験会場に行くと周囲は18歳ぐらいの若者ばかりで、自分と干支(えと)が同じ人もいました(笑)。
―――若手ビジネスパーソンにアドバイスをお願いします。
吉原:若いうちにお金の価値を知ることが大切だと思います。特に若いときのお金の価値は、40代、50代と比べ物にならないほど大きい。自分にプラスになる「生きる金」を使うよう心がけてほしい。そして20代、30代のうちは、とにかく仲間を大切にしましょう。そうした人間関係が40代、50代で花開くきっかけになります。人間関係を広げてゆくうちに、人間の本質も分かってくるでしょう。
できれば20代のうちに、一生やってゆけること、自分が目標とするライフスタイルに出会えるといいですね。しかし最初から都合よく見つかるものではありません。実際、私も最初はメーカーの営業で、次に美容室チェーンの店舗開発と運営。それから美容師になって、美容室チェーンを始めるなど、業界は同じでも全然違う仕事を転々としてきました。そうした経験からも「若いうちならば、どんなキャリアチェンジをしても大丈夫」と断言できます。もしかすると年齢すら関係ないかもしれませんね。もし私が今からラーメン屋を始めたとしてもできるし、むしろロマンがあって面白いことだと思います。マクドナルドの創業者レイ・クロック氏は、もともとはミキサーのセールスマン。マクドナルドに出会ったのは50歳を過ぎてからです。何事もあきらめる必要はないし、若いうちに成功することが、必ずしも幸せなこととは限りません。それよりも自分に合った仕事、自分が納得できる仕事を見つけてください。 プロフィール
1956年神奈川県生まれ。78年3月埼玉大学教育学部卒業、同年4月業務用椅子などのメーカー、タカラベルモントに入社。81年美容室チェーンに転職。店舗開発、店舗運営を手掛ける。28歳で美容専門学校の通信教育を受け始め、31歳で美容師免許取得。86年個人事業主として美容室を開業。88年美容室チェーンアルテ設立。2004年8月ジャスダック上場。
<会社概要>
アルテ サロン ホールディングス
複数の美容室チェーンを傘下に収める持株会社。見習いとして美容室に入り、顧客を引き連れ独立する業界慣行を改め、店長に店を譲渡する「のれん分け型フランチャイズ制」で事業を伸ばす。アッシュ(76店舗)、ニューヨーク・ニューヨーク(22店舗)、スタイルデザイナー(142店舗)などを展開。 ※Ash、NYNYは2007年3月、SDは2006年11月の直営店・FC店合計店舗数 Ash関内店
十分な天井高を確保したゆったりとした空間が広がる。1店舗あたりの初期投資額は約5000万円におよぶとされ、個人の資金力では簡単には立ち上げられない。しかし、のれん分け型フランチャイズ制度を活用すると、店長として軌道に乗せた店舗を引き継ぐことが可能だ。 店内風景
国内にある美容室の85%が従業員4名以下の小規模サロンだという。それに対して同社は50坪以上の大型店舗で差異化を図る。従業員のモチベーション向上にも力を入れ、コンテストや研修の開催、海外勤務機会の提供などを随時行っている。 バックナンバー
vol.33 高橋健志氏 (株式会社ベアーズ)
vol.32 宇佐神慎氏 (株式会社翔栄クリエイト) vol.31 宮崎陽子氏 (株式会社ギャレリアコレクション) vol.30 吉原直樹氏 (株式会社アルテ サロン ホールディングス) vol.29 小松武司氏 (株式会社サティスファクトリーインターナショナル) vol.28 本庄恵子氏 (株式会社ヒューマンビークル) vol.27 梅澤英行氏 (株式会社ティー・ユー・ビーアソシエイツ) vol.26 永井好明氏 (アールプロジェクト株式会社) vol.25 車田直昭氏 (ドットコモディティ株式会社) vol.24 岩本眞二氏 (スタイライフ株式会社) vol.23 兼元謙任氏 (株式会社オウケイウェイヴ) vol.22 小室淑恵氏 (株式会社ワーク・ライフバランス) vol.21 渡邉哲男氏 (比較.com株式会社) vol.20 吉田英治氏 (株式会社フレッシュテック) vol.19 松田憲幸氏 (ソースネクスト株式会社) vol.18 加藤義博氏 (株式会社アイケイコーポレーション)
vol.17 森正文氏 (株式会社一休)
vol.16 橋本雅治氏 (株式会社イデアインターナショナル) vol.15 田口弘氏 (株式会社エムアウト) vol.14 小方功氏 (株式会社ラクーン) vol.13 西野伸一郎氏 (株式会社富士山マガジンサービス) vol.12 安田佳生氏 (株式会社ワイキューブ) vol.11 森下篤史氏 (株式会社テンポスバスターズ) vol.10 遠山正道氏 (株式会社スマイルズ) vol.09 宋文洲氏 (ソフトブレーン株式会社) vol.08 高橋透氏 (株式会社ラストリゾート) vol.07 南場智子氏 (株式会社ディー・エヌ・エー) vol.06 出張勝也氏 (株式会社オデッセイコミュニケーションズ) vol.04 経沢香保子氏 (株式会社トレンダーズ) vol.03 菊川暁氏 (株式会社ガーラ) vol.02 松田公太氏 (フードエックス・グローブ株式会社) vol.01 穐田誉輝氏 (株式会社カカクコム) |